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「千の風」になって

 20年来の友人であった佐々木信二さんが、2007年7月2日午後1時55分、永眠しました。享年48才でした。死因は肺ガンです。

 佐々木さんは、民主青年同盟の専従役員、日本共産党の勤務員などを経て、阿知須町議会議員(合併特例で山口市議)をつとめました。

 昨年8月、肺ガンを患っていることがわかり、闘病生活を送っていましたが、治療の甲斐なく、亡くなりました。戒名は「行道院覚信慈悲居士」。

 7月4日、宇部市で執りおこなわれた葬儀には親族と、縁(ゆかり)ある人々、約50人が参列し、故人の冥福を祈りました。

 僭越ながら、この席で私(吉田達彦)が述べた弔辞を以下に紹介し、故人への想いを記録します。

■佐々木信二さんへの「弔辞」

 佐々木信二君、君との別れがこんなに早く来るなんて、考えもしませんでした。
 最初の出会いは、互いが、青年運動に没頭していた時期でした。それから二十有余年、二人とも年は重ねましたが、まだ四十代、なぜ、そんなに急いだのですか。残念でなりません。
 君はナイーブで、シャイな男でした。そのため、周囲に誤解され、ともすれば気むずかしい奴だ、という印象を与えていたのかもしれません。
 でも、私は、君を理解していたつもりです。たくさんの仲間とともに、時には二人で、幾度となく酒を酌み交わしましたね。
 将棋のこと、漫画のこと、バイクのこと、落語のこと、等々、好きなことに対する博学ぶりには常に感心させられました。もちろん、日本共産党の活動についても、いろんなことを語り合いました。
 君は、最後まで日本共産党員であることに誇りをもっていたと思います。困難が多い「しんぶん赤旗」の配達・集金活動、議員候補者、そして最後は町議会議員として、立派に、その責務を果たしたではないですか。
 一昨年夏、君は突然、わが家を訪れました。一目で、心に病を抱えていることが分かりました。私は、これまで、無理してきたのだから、少しゆるりとしたがよい、今はがんばることはない、と言いました。
 私は、その後、君は少しずつ、回復しているものと思っていました。
 ところが、今度は、心ではなく、体に重い病が生じていることを聞かされました。「なぜ、君がこんな仕打ちを受けなければならないのか」と愕然としました。
 でも、君は、決して長いとは言えない人生の中で、少なくない功績をあげ、私たちに、たくさんの想い出を残してくれました。
 望むことができるなら、もう一度、酒を酌み交わしたかった、もう一度、新たな部署で活躍する君の姿を見たかった。
 しかし、それは、かなわぬ夢となりました。そのことは、かえすがえす残念です。
 私たちは、君が願ってやまなかったであろう、一人ひとりの発展が、社会発展につながる新しい社会の実現のため全力をあげていきます。
 佐々木信二君、無理なお願いかも知れません。それにシャイな君からは怒られてしまうかもしれませんが、今、はやりの歌のように、「千の風になって」、私たちを見守り、励まし続けて下さい。
 このことを改めて、君にお願いして、しばし別れの言葉とします。

2007年7月4日 友人 吉田達彦

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