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■福島原発震災視察レポート②■

「最悪の公害の現場」を歩く

 このあと、「原発事故の完全賠償をさせる会」代表委員をつとめる佐藤三男さんの案内で、「最悪の公害の現場」を視察しました。
 いわき市の海岸部も津波で大きな被害を受けています。
 四倉漁港は壊滅的な被害を受け、いまも空き地が広がり、打ち上げられた漁船が放置されたままです(写真)。

Yotukurakou



 久之浜地区では火災も発生し、甚大な被害をこうむりました。久之浜小学校の一角につくられた仮設の「浜風商店街」には、当時の被災状況を撮影した多くの写真を展示する一室もありました。商売しているおばちゃんらに話を聞くと、前日、岩国市の商店街一行も視察に来られたそうです。記念撮影しました(写真)。

Hamaoka_syoutengai

 広野町は、2012年4月に避難指示が解除されましたが、いまも住民の半数しか戻っておらず、小中学生の約4割は、いわき市内の仮設や借り上げ住宅から町営バスで通学しているそうです。
 楢葉(ならは)町は「避難指示解除準備区域」(年間積算線量20ミリ㏜以下となることが確実であることが確認された地域)に指定され、通過交通、住民の一時帰宅(宿泊は禁止)が認められています。あちこちで除染作業が行われていますが、住民の姿は見えません。
 町内にあるサッカー日本代表の練習場としてつくられた「Jヴィレッジ」は原発事故直後から事故収束で働く労働者の集結センターとなり、東京電力復興本社も置かれています。
その周辺には、放射能汚染物が入れられた「フレコンバッグ」が山積みされた「仮置き場」が広がっていました(写真)。

Haikibutu

 楢葉町と富岡町をまたがる地域には東京電力福島第二原発が立地しています。電源喪失は免れましたが、地震と津波で大きな被害を受け、停止中ですが、国や東京電力は廃炉を拒み続けています。町役場の前には「エネルギー福祉都市」と書かれた看板があり、むなしさを感じました(写真)。

Naraha_kanban

 同町では、「原発の安全性を求める福島県連絡会」の代表である早川篤雄さんが住職をつとめる浄土宗宝鏡寺を訪ねました。早川住職は不在でしたが、本堂で弁当を食べさせていただきました。
 本堂に「自由新報」(1973年9月11日号)の拡大コピーが展示してありました。「原発で双葉の未来を」、「原発建設は世界の常識」の見出しが躍っています(写真)。

Ziyuusinpou



 福島第2原子力発電所の建設をめぐって1973年9月18日、開かれた日本初の原発公聴会を前にして、近隣地域の新聞折り込みされたものです。「関東大震災の3倍の地震がおきても、原子炉はこわれないようにつくられています」と安全性を強調する記述もあります。開いた口が塞がらないとはこのことです。

(続く)

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